『愛しいチューリップ』 2012年4月5日

ある雨の日の午後、お花屋さんの軒下でチューリップの球根が
雨粒に濡れていた。

きっと私一人で歩いていても、目に入らなったかもしれないけれど
娘のおしゃべりに付き合いながら歩いていると
不思議と、いつもと違う世界が目に飛び込んで来ることがある。

そういえば、冬の間にベランダの花は枯れてしまい
プランターに何か春らしい花を植えたいなと思っていた。

それは、わざわざ雨の日に、
傘をさしながら、
冷たい雨に濡れたチューリップを買って帰る
この煩わしさを差し引いても、
これがいい、と思わせる特別な繋がりを感じられる球根だった。

1つ100円の球根を、5つ買った。

どんな花も、綺麗に咲かせてしまう女性って、昔から私の憧れだった。
その人の手は、優しい動きで花に触れ
その人のまなざしは、まるでわが子を見つめるように花へ注がれる。

私のように、何でもかんでも枯らしてしまう女性とは大違いだ。
若かりし頃は、片手に抱えきれないほどの花束もよく贈られた。
バラの花束も、胡蝶蘭も、観葉植物も、サボテンも、・・・ みんな、私のそばにいるとすぐに枯れた。
でもそんな過去の話は娘には内緒だ。

だからこそ、娘には、花を咲かせる手を持つ女性になってほしいと思っている。
優しいまなざしと心を花に注げる子になってほしいと。
土のあたたかさを知り
太陽のありがたさを知り
水の偉大さを知り、
花を咲かせる喜びを知ってほしいと。

「お花は、"綺麗だね、綺麗だね。"って話しかけてあげると、心が届いて綺麗に咲いてくれるんだよ。
お花のそばでクラシック音楽を流すと、綺麗な花が咲くし、
お酒も同じなんだよ。ウィスキーやワインを熟成させる時、クラッシック音楽を流すと、よりまろやかでおいしい仕上がりになるんだって。」

そんなうんちくを傾けながらも、自信がなかった。
「きっと、咲かないんだろうな。」と。

「話しかけると綺麗に咲くの?ママのいうこと本当なの?」
娘は、疑わしい瞳を私にむけてくる。

なにせ、「ママは、昔、宇宙人だったのよ。」と、娘には話してあるので
簡単に、私の話を信じてはくれない。

帰宅してさっそくベランダへ。
娘が、小さな手で土を優しく混ぜている。
上から下へ。下から上へ。

球根の大きさにあわせて、土にスペースを作る。
球根と球根の間の取り方も難しそうだ。

そういえば、2年前、ベランダで飼っためだかが死んでしまった時、
この土の中に眠らせてあげたことを、彼女はもう忘れているだろう。
彼女が愛しためだかは、今はしっかり栄養になってくれるはず。

3日目、なんと、茎がぐっとのびている!

5日目、一番伸びていた茎の先端につぼみを発見!

6日目、つぼみに色がついた。

9日目、花が咲いた!!

娘は、チューリップの観察日記をつけていた。

定規を使って、毎日茎の長さを測り、絵を描いて色をつけ、気付いたことを記入している。
「ママ~~!!!!一日に2センチも伸びているよ!」



懐かしいなあ~、こういうの。
いいなあ~~、子供って。


いつだったかな・・・
花の美しさなんてどうでもよいと感じていたのは。
人の優しさを煩わしいと感じていたのは。

そんな時間が、“過去のこと”になってくれたことが、
私にとっては嬉しい発見だった。

小さな花の成長は
小さな心の変化を教えてくれた。