ある雨の日の午後、お花屋さんの軒下でチューリップの球根が
雨粒に濡れていた。
きっと私一人で歩いていても、目に入らなったかもしれないけれど
娘のおしゃべりに付き合いながら歩いていると
不思議と、いつもと違う世界が目に飛び込んで来ることがある。
そういえば、冬の間にベランダの花は枯れてしまい
プランターに何か春らしい花を植えたいなと思っていた。
それは、わざわざ雨の日に、
傘をさしながら、
冷たい雨に濡れたチューリップを買って帰る
この煩わしさを差し引いても、
これがいい、と思わせる特別な繋がりを感じられる球根だった。
1つ100円の球根を、5つ買った。
どんな花も、綺麗に咲かせてしまう女性って、昔から私の憧れだった。
その人の手は、優しい動きで花に触れ
その人のまなざしは、まるでわが子を見つめるように花へ注がれる。
私のように、何でもかんでも枯らしてしまう女性とは大違いだ。
若かりし頃は、片手に抱えきれないほどの花束もよく贈られた。
バラの花束も、胡蝶蘭も、観葉植物も、サボテンも、・・・
みんな、私のそばにいるとすぐに枯れた。
でもそんな過去の話は娘には内緒だ。
だからこそ、娘には、花を咲かせる手を持つ女性になってほしいと思っている。
優しいまなざしと心を花に注げる子になってほしいと。
土のあたたかさを知り
太陽のありがたさを知り
水の偉大さを知り、
花を咲かせる喜びを知ってほしいと。
「お花は、"綺麗だね、綺麗だね。"って話しかけてあげると、心が届いて綺麗に咲いてくれるんだよ。
お花のそばでクラシック音楽を流すと、綺麗な花が咲くし、
お酒も同じなんだよ。ウィスキーやワインを熟成させる時、クラッシック音楽を流すと、よりまろやかでおいしい仕上がりになるんだって。」
そんなうんちくを傾けながらも、自信がなかった。
「きっと、咲かないんだろうな。」と。
「話しかけると綺麗に咲くの?ママのいうこと本当なの?」
娘は、疑わしい瞳を私にむけてくる。
なにせ、「ママは、昔、宇宙人だったのよ。」と、娘には話してあるので
簡単に、私の話を信じてはくれない。
娘が、小さな手で土を優しく混ぜている。
上から下へ。下から上へ。
球根の大きさにあわせて、土にスペースを作る。
球根と球根の間の取り方も難しそうだ。
そういえば、2年前、ベランダで飼っためだかが死んでしまった時、
この土の中に眠らせてあげたことを、彼女はもう忘れているだろう。
彼女が愛しためだかは、今はしっかり栄養になってくれるはず。
5日目、一番伸びていた茎の先端につぼみを発見!
6日目、つぼみに色がついた。
9日目、花が咲いた!!
定規を使って、毎日茎の長さを測り、絵を描いて色をつけ、気付いたことを記入している。
「ママ~~!!!!一日に2センチも伸びているよ!」
懐かしいなあ~、こういうの。
いいなあ~~、子供って。
花の美しさなんてどうでもよいと感じていたのは。
人の優しさを煩わしいと感じていたのは。
そんな時間が、“過去のこと”になってくれたことが、
私にとっては嬉しい発見だった。
小さな心の変化を教えてくれた。