2/25・森アナ
「すべての実況を終えて。」
この原稿が掲載されるころには、トリノ五輪も閉会式を終えているかもしれません。
現在、トリノでは25日の夜。
競技としては男子回転が行われている最中です。
私は、昨日、24日のカーリング男子決勝の実況をもって、全ての担当を終えました。
トリノに来て初めての休日をむかえ、今日は昼12時まで寝ていました。
許してください。
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去年9月ごろ、トリノ派遣が決まり、担当種目も決定。
アイスホッケー、フィギュアスケート、カーリングと、どれも喋ったことも観たこともない競技。
過去の映像を色んな人に頼みこんで取り寄せ、可能な限り試合を見に行き、
手に入れられる書物はほぼ読破し…と、
アナウンサーとしては当たり前のことではありますが、
「フジテレビアナウンサーの仕事もしながら、ジャパンコンソーシアムアナウンサーの準備もする」
というのは思った以上に大変で、精神的にも重圧のかかるものでした。
ただ、苦労した甲斐はありました。
たくさんのことを学びました。
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世界一のアスリートが本気で戦う姿は、やはり4年に1度しか見られません。
印象深いのは、フィギュア男子シングルのプルシェンコ。
私は去年からフィギュアを見始めたばかりの、いわば素人です。
これを補うべく、過去の五輪映像を洗い出し、専門誌のバックナンバーに目を通し、
解説者や元競技経験者から話を聞くなど、一通りのことはしました。
が、実際に長い年月かけてプルシェンコを観てきたわけではありません。
それでも、彼のショートプログラムの演技の凄さは、伝わってきました。
しかし、肝心のフリーの演技では、プルシェンコを「凄い」とは思えませんでした。
手を抜いているわけでも硬くなっているわけでもない。
最初の4回転コンビネーション以降、何か、抑えながら演技しているように見えたのです。
演技が終わった瞬間、彼の滑りをどう表現するか。
悩みながら彼のフリーの演技を見つめていました。
私はどうしても「見事です」とは言えませんでした。
しかし、私は、フィギュアを見始めて、まだ何ヶ月も経っていません。
自分の目が合っているのかどうか、自信がありませんでした。
滑っているのがプルシェンコである以上、「凄い」と言わなければならないのではないか。
でも、どうみてもショートプログラムの時に感じた凄まじさはない…。
悩んだ末に、私はやはり正直に自分の感じたままを言いました。
具体的なフレーズは忘れてしまいましたが、採点が出るまでの間に、
「ショートプログラムの時のような凄さはありません」という趣旨のことを言ったと思います。
でも、本当は「凄い」と言ってもよかったのではないかと思っています。
何故なら、仮に抑えていたとしても、他を圧倒する演技ができるほどの力があるのだから。
絶対的な自信があるからこそ、金メダルをとるために最も必要なレベルで演技を行った。
あの大舞台で、そんなコントロールができるということは、
やはり「凄い」ことなのではないかと、今は思います。
「プルシェンコの凄さを体感できたこと」、これはとても大きな経験でした。
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それから、フィギュアではもうひとつ、印象深いことがありました。
それは、女子シングルとペアの実況を担当されたNHKの刈屋さん。
荒川選手が金メダルをとり、ひょっとしたら日本では
「アテネに続いて金メダル実況!」と言われているかもしれませんが、
私が衝撃を受けたのは、ペアの井上怜奈&ボールドウィン組の実況でした。
井上選手というのは、ご存知のように国籍をアメリカに移し、大病を克服し、
何度も大怪我に見舞われるなど、大変な思いでここまで来た選手です。
その井上選手の過去、思い、そういったものを刈屋さんは、演技中に歌いあげました。
そして、演技が終わったあと、
「井上選手は、この五輪を宝にしたいと話していましたが、そういう井上選手こそ、 日本の宝です」と表現しました。
体が震えるほど感動しました。
その場の空気と、井上選手の背負った迫力と、何もかもが伝わってきました。
何より、刈屋さんの伝えようという力が凄かった。
その日の中継のあと、食事中に、
「井上選手のコメントは事前に考えていたのですか?」と刈屋さんに聞いてみました。
すると、 「決めていた。取材をしていて、こんなに凄いアスリートを僕は知らない。
これは絶対に伝えなければならないと思った。
でも、あれだけ演技中に謳いあげることは批判もあると思うよ。
だってあれは実況じゃないからね。
でも、僕は伝えるべきだと思ったから、批判されても構わない」
と答えてくれました。
すごく、本当にものすごく大切なことを、刈屋さんに教わりました。
これまで、「うまく喋ろう」ということばかり考えて実況してきた気がします。
「見ている人に伝えなければいけないもの」を言葉にするのが実況なのではないかと、
ひょっとしたら当たり前のようなことに、改めて気づかされました。
刈屋さんのこの言葉は、私のトリノ五輪で一番の財産になりました。
この言葉を受けて、その後私は男子シングル、アイスダンス、カーリングと実況したのですが、
もちろん、すぐさま喋りに反映できたとは思えません。
ただこれからアナウンサーという仕事を続ける以上、
この言葉を忘れずにマイクに向かいたいと思っています。
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最後に、カーリング。
日本は惜しくもベスト4進出はならなかったけれど、本当にいい戦いを見せてくれました。
解説の小林宏さんは、カーリングを心から愛していて、私財を投じてカーリング場を作ってしまったという方です。
小林さんがいたから、私たちもカーリングが大好きになれました。
ありがとうございます!
ちなみに。
「何故本橋選手をマリリンというのですか?」という質問をよく受けます。
これは、1月末、北海道常呂町にカーリング担当アナウンサーで取材に行ったときに遡ります。
カーリングは、スキップ(主将のような役割)の選手名をチーム名にする習慣があります。
私がスキップだったら、「チーム森」となるわけです。
本橋選手は、ニックネームをマリリンと言います。
そして、「チームマリリン」の名前で世界ジュニアにも出たことがあります。
さらには、本人もマリリンと言ってほしいとのこと。
空港に戻る車の中で、
「だったら、中継でもマリリンと紹介しようよ」という話になりました。
初戦の日本テレビ河村アナ、二番手NHK刈屋アナ、三番手テレビ朝日大熊アナ、
そして準決勝までくれば私と、みんなでマリリンと言ってあげようということになりました。
ふざけているわけではありません。
そう伝えることが、一番、このチームの雰囲気を正確に表現するだろうと思い、決めたのです。
残念ながら私は日本戦の実況はできなかったけれど、やはり私もマリリンと伝えていたと思います。
思えばこれも、「見ている人に伝えなければいけないもの」だったのでしょう。
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今回は大変長くなりました。
これをもって、私のトリノ手記はおしまいです。
このトリノは、私にとって大きな大きな財産になりました。
ここで学んだことを、少しでも多く、同じアナウンサーの後輩たち、
そしてテレビを見ている人たちに還元していきたいと思っています。
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