ゴーギャン展
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》最高傑作 日本初公開
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最高傑作《我々はどこから来たのか》の日本初公開!
1936年にボストン美術館に所蔵されてから、この作品がアメリカ合衆国外で公開されるのは、
今回で3例目なのです。 《純潔の喪失》 も《かぐわしき大地》 ももちろん素晴らしい! by 編集長
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《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》 1897-98年 ボストン美術館
Tompkins Collection-Arthur Gordon Tompkins Fund,36.270
Photograph©2009 Museum of Fine Arts, Boston. All rights reserved.
   
    ゴーギャンは、なぜ熱帯の島タヒチに向かったのか。
文明と野蛮、聖と俗、生と死、男性と女性、精神と物質、
これらの両極に引き裂かれながら、
人間の根源を探究し続けた画家ゴーギャン。
日本初公開となるタヒチで描かれた大作
《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》
を中心に、画家が文明社会に向けて残したメッセージを読み解きます。
   
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《純潔の喪失》 1890-91年 クライスラー美術館
cChrysler Museum of Art, Norfolk, Virginia
Gift of Walter P. Chrysler, Jr.
  19世紀末の爛熟した西欧文明に背を向け、南海の孤島タヒチにひとり向かった画家ポール・ゴーギャン(1848-1903)。 その波乱に満ちた生涯は、芸術に身を捧げた孤独な放浪の画家の典型といえるでしょう。
自らの内なる「野性」に目覚めたゴーギャンは、その特異な想像力の芽を育む「楽園」を求めて、ケルト文化の伝統を色濃く残すブルターニュ、熱帯の自然が輝くマルチニーク島、ゴッホとの伝説的な共同制作の舞台となった南仏アルル、そして二度のタヒチ行きと、終わりの無い旅を繰り返しました。
その過程で、自ずと人間の生と死、文明と野蛮といった根源的な主題に行き着きます。
このような人間存在に関する深い感情や思索を造形的な言語を通して表現すること、これがゴーギャンの絵画の課題だったのです。
タヒチで制作された畢生(ひっせい)の大作《我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこへ行くのか》(1897-98年)は、画家が目指した芸術の集大成であり、その謎めいたタイトルとともに、後世に残されたゴーギャンの精神的な遺言とも言えるでしょう。この展覧会は、日本初公開となるこの傑作を中心に、国内外から集められた油彩・版画・彫刻約50点の作品を通して、混迷する現代に向けられたメッセージとして、あらためてゴーギャンの芸術を捉えなおそうとするものです。
   
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《かぐわしき大地》 1892年 大原美術館(7月3日〜8月30日期間限定展示)
  《展覧会の見どころ》
■最高傑作《我々はどこから来たのか》を読み解く楽しみ。展示効果にもご注目ください!

この縦139.1×横374.6cmの大作は、ゴーギャンが残した最大の作品であり、タヒチ時代のみならず、ゴーギャンの全画業の中でも、最も複雑で謎に満ちたものです。1936年にボストン美術館に所蔵されてから、この作品がアメリカ合衆国外で公開されるのは、今回で3例目、もちろん日本では初公開です。
本展では、この作品を大きな空間に1点、まるですべての観客に謎を投げかけるモニュメンタルな壁画のように展示することにしました。別のコーナーでは、作品がもつ複雑な魅力に分け入るヒントを散りばめた複数の映像をご覧いただきます。作品と資料を  駆使しながら、この畢生の大作を様々な角度から読み解いていきます。
   
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《ファア・イヘイヘ(タヒチ牧歌)》 1898年 テート・ギャラリー
cTate, London 2008
  ■内なる「野生」を求め続けたゴーギャンの芸術の展開が、代表的な作品を通して把握できます。
印象派の影響から脱していくブルターニュ時代の作品から、タヒチでの飛躍、そして《我々はどこから来たのか》以後最晩年の作風にいたる変遷を、造形と主題の両面からたどることができます。
ボストン美術館以外に、ニューヨーク近代美術館、クライスラー美術館、プーシキン美術館、テートギャラリー、シュトゥットガルト 州立美術館など、日本初公開作品7点を含む厳選された作品、約50点が集められています。
絵画の空間構成における試み、あるいは楽園のエヴァや、ゴーギャンの自画像ともいえる「野蛮人」というテーマに沿って、複数の作品が関連づけられます。
   
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《自画像》 1894年頃 個人蔵
 
ポール・ゴーギャン1848−1903
1848年   パリに生まれる。父はオルレアン出身のジャーナリスト、母はペルーの貴族の血統を引く女性解放運動家フローラ・トリスタンの娘だった。幼少期をペルーで過ごす。1855年頃帰国。
1865年   海員として商船に乗り組む。
1872年   パリで、株式仲買商となり経済的に成功、デンマーク人女性メット・ガットと結婚。ピサロら印象派の画家たちと交流し、作品収集と制作を始める。
1879年   第4回印象派展に出品。その後1886年の最後の印象派展まで毎回出品。
1883年   職を辞して画家を志す。
1886年   ブルターニュ地方のポン=タヴェンに滞在。
1887年   パナマおよびマルチニーク島に旅行。
1888年   アルルでファン・ゴッホと短期間の共同生活。ゴッホの耳切り事件の後パリへ帰る。
1891-1893年 最初のタヒチ滞在。
1893年   帰国、パリのデュラン=リュエル画廊でタヒチで制作した作品による個展。
1893-1894年 『ノアノア』のための木版画を制作する。
1894年   ブルターニュに滞在。
1895-1901年 2度目のタヒチ滞在。
1897-1898年 《我々はどこから来たのか》を描く。
1898年   パリのヴォラール画廊で《我々はどこから来たのか》に9点の小品を組み合わせた個展。
1901年   マルキーズ諸島のヒヴァ=オア島に移り住む。
1903年   心臓発作により死去。
展覧会インフォメーション
 
会   場 =東京国立近代美術館 企画展ギャラリー
会   期 =2009年7月3日(金)〜9月23日(水)
開館時間 =10時〜17時 金・土曜日は20時まで(入館は閉館30 分前まで)
休 館 日 =毎週月曜日 [7月20日(月・祝)、8月17日(月)、8月24日(月)、9月21日(月・祝)は開館]、7月21日(火)
料   金 =一般 1500(1200/1100)円、大学生 1000(800/700)円、高校生 600(400/300)円
*いずれも消費税込。
*( )内は、前売料金/20名以上の団体料金。

チケットはこちら = @電子チケットぴあ


後   援 =外務省、文化庁
協   賛 =損保ジャパン、大日本印刷、トヨタ自動車、三菱商事
特別協力 =ボストン美術館、名古屋ボストン美術館
協   力 =日本航空
お問い合わせ電話 =03-5777-8600 (ハローダイヤル)
所 在 地 =東京都千代田区北の丸公園3-1
【交通アクセス】
東京メトロ東西線「竹橋駅」1b出口徒歩3分

http://gauguin2009.jp/

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