


今回の作品で、何か撮り方を工夫しようと考えている点などありますか?
ひとつ言えるのは、分かりやすく撮らない方がいいかなと思っています。今彼がどう思っているのか、と言うことを、例えば少し画面を暗くして、あるイメージの音楽をかければ、テレビを見慣れている人なら、「ああ哀しいんだ」とか「つらいんだ」とかを記号的に容易に感じ取ることが出来る。それによって、ある種、見やすくなると思うんですよね。
それは、演出的にやろうと思えばできることなんですけど、今回は、あまりひとつひとつ主人公の感情に付き添って、画とか感情とかをつけるのは敢えてやめようと思っています。なので、凝った画を撮るのはやめよう、と最初にスタッフとも約束をしました。
世の中の主流の撮り方とは、逆行しているような印象ですが?
そうですね。じゃあどんなやり方してるんだ、と言われると説明するのが難しいんですけど、ほんとにシンプルにそこでやっている芝居とか置かれている環境とかを素直に映そうかなと思っていて。もちろん時代設定とかロケ場所の環境とかで、CGや合成で表現しなくてはならないことも多いんですけど、“CGショー”みたいなことにはなりたくない。「どうだすごいだろう」という風にはあまりしないようにしようと思っているし、唐沢さんや他の役者の皆さんにも、表現を少し押さえる方向にしてもらっています。
もしかしたら、シーンが始まってすぐに「あ、こういうシーンだ」ということはわかりづらいかもしれないんですが、ただ、そのまま見ていていただければ、十分わかってもらえるはず。特に俳優陣は、力のある方が集まってきてくださっているので、お芝居を観てもらえれば、十分に楽しんでいただけると思います。
確かに錚々たるメンバーですね。
そうなんです。贅沢な話ですけど「ここはこういう気持ちだから、こういう芝居をすれば伝わるんじゃないか」みたいな話をあまりしなくていい。表現したい方向は一緒で、それをさらによくするにはどうしたらいいか、というところから話を始めることができるので、僕自身もやっていてすごく楽しいです。「ああ、そういう風にするのか」とびっくりさせられることもありますし。やっぱり、台本読んで自分の中でイメージをふくらませていると、その自分の解釈が一番分かりやすいとしてしまいがちなんですよ。
でも、例えば、哀しいからといって泣かなくてもいいし、悔しいからといって唇を噛まなくても、ちゃんとその感情が伝わる方法はある。そういうことを提案してもらったりしていると、毎日やはり楽しいですね。
スタッフにもベテラン勢が多いようですが?
ええ。10人くらいのスタッフでロケハンに来たときに、久々ですよね、一番年下だったの。美術デザイナー70歳、美術進行62歳、カメラマン60歳みたいなチームを敢えて選んだというか、そういう人たちの力を借りようと思って今回集まってもらったので、気がつくと一番年下でした。でもみんな喜んでやってくれているという感じがしています。
例えば、ニュージーランドにオープンセットを建てて、こうすればもっとよくなるというようなことを現地の美術・技術スタッフと話し合いながら一緒にものを作ったり、墓に建てる墓標を一緒に切って削って、休憩中にコーヒー飲んだりしながら話したりするというのは、やはりとても贅沢な時間だと思うんですよ。こっちのスタッフにはこっちのスタッフのやり方、僕らが知らないやり方があって、それを教え合ったりして面白いですよね。“尺というのはこのぐらいの長さだよ”というところから会話が始まっているわけですから…新鮮ですね。
決してベテランだから選んだというわけではなく、こういう現場を一番楽しんでやってくれて、どんどん撮影が過酷になると予想される環境に耐えられて、準備から考えればほぼ1年間、元気で楽しんでやってくれる人を選んだ結果がこういう事になった。僕自身、助けられていますし、すごく良かったと思っています。
一方で、やはりこういう時代設定の作品を撮るというのは、苦労もあるのではないですか?
そうですね。以前手がけた『西遊記』というドラマもかなり過酷でしたが(笑)、過酷さは違えど大嘘をつけないということではこちらのほうが過酷かもしれないです。例えば、僕らは知らなくても、観ていらっしゃる方の中には、昭和30年代をよく知る方はたくさんいらっしゃると思うんですよ。ドラマ上で“物語”という大きなウソをつくためには、小さなウソはできるだけつきたくない。再現ドラマにするつもりはないですけど、それはおかしいだろう、とはできるだけ言われたくないんです。
『西遊記』の時は、龍が飛んでいようが何していようが「そういうものです!」と言い切ってしまえばこっちのものだというような感じがあったんですけど(笑)、それができないという意味では、やっぱり大変です。例えばロケ場所ひとつにしても、首都高速がまだできていない時代だとか、そういうことをひとつひとつ考えなくてはならない。道路は?ビルは?信号は?横断歩道は?窓のサッシはなかったんじゃないのか?…と考えていくと、そのままの状態で撮れるところは、今の日本の中にはないんです。そういう意味では本当に苦労していますね。
そんな苦労を超えて、この『不毛地帯』のような作品をあえて
今の時代にドラマ化する意義は、どういったことだと考えていますか?
極端に言えば、時代劇であれなんであれ、言おうと思えば今の時代にこれをやる意味がある、ということは言えてしまうと思うんですよ。だからそこに意義を見出す必要があるのかどうかという疑問はあるけれど、この作品に関して言えば、根底に流れる普遍性だと思います。
時代設定にとらわれすぎないということですか?
この作品が昭和を舞台にしているからといって、史実を追求していくつもりはない。なによりも作り手である僕らが戦争を知らないし、ドラマの舞台となっている昭和30年代、40年代に何をしていたかというとせいぜい、幼稚園や小学校に通っていたような世代が中心で、もちろん生まれていない世代もたくさんいるわけです。だから、ドキュメンタリーを目指してもしょうがないと思うんですよ。ドキュメンタリーなら当時のフィルムを掘り起こしてきてそれをつなげるほうがいいものができるだろうし、再現ドラマを撮るつもりもない。
ただ、あの時代に、善悪を乗り越えて仕事を必死でやっていた多くの人たち…その裏には家族の葛藤もあっただろうし、家族を気遣いながらも家に帰れずに仕事をしていた人たちに対して、ものすごく働いてるな、という印象を持つんですが、ふと考えてみれば俺たちも一緒なんじゃないか、というようなところがあるんですよね。原作や脚本となったものを読んで僕らスタッフが感じたハードさって、ただただ忙しいということだけじゃなくて、もっと精神的な、家庭も気になるけど今はこの仕事に邁進しなければならないというような葛藤なんじゃないかと。
そういうことって僕たちも理解できるし、おそらく見てくださる方にも理解していただけるんじゃないかと思うんです。時代は違えど人がやっていることというのはどの時代もさほど変わらなくて、悩んでいることも葛藤していることも、苦しんでいることも楽しんでいることも一緒なんだなという風に見えたらいいなと思っています。そういうことが伝わることが、敢えて今、昭和30年〜40年代を舞台にしているドラマを作る価値だと思います。
澤田 鎌作(さわだ けんさく)ディレクター
澤田 鎌作(さわだ けんさく)ディレクター1968年10月30日生まれ。1991年フジテレビ入社。
編成制作局ドラマ制作センター所属。
『CHANGE』『西遊記』『不機嫌なジーン』『ホーム&アウェイ』『人にやさしく』映画『西遊記』などを手がける。