2007年3月12日
新・障害者の自立を考える(1)
〜消えない地域格差〜
去年4月から施行された、『障害者自立支援法』の影響が、いま全国各地で起きています。 福祉サービスの原則一割負担の導入と引き換えに、地域格差を解消すると主張していた厚生労働省でしたが、現実はどうなのか? 滝川キャスターが現場を取材しました。
沖縄在住の大城渉さん(21)は、全身の筋肉が徐々に機能しなくなっていく、進行性の筋ジストロフィー『ドゥシャンヌ型』という難病を抱えた重度の障害者です。 現在、自分の意思で動かすことができるのは指先や、口などに限られています。 食事や入浴、移動、排泄、電話をかけることなど生活全般にヘルパーを必要としています。 大城さんは大学に通うため、4年前からアパートで一人暮らしを始めました。
障害者自立支援法が施行された去年、大城さんは管轄の名護市に対して24時間のヘルパー支給を求めました。 しかし名護市の決定は、一日10時間の支給でした。 ヘルパーの必要性を説明しても、名護市の福祉担当者は考えを変えることは無く、こう言ったそうです。
「財源がないから(支給)できないと。悔しかった」
(大城渉さん)
一方、名護市の福祉担当者は、取材に対して、ヘルパー支給時間の決定に財政的な要因はないと否定します。
「ないです、基本的にはございません」(名護市福祉事務所・宮城幸夫所長)
大城さんと同程度の障害者の場合、東京都では57人、福岡市では約20人が一日24時間のヘルパー支給を認めています。 このような地域格差の原因は、障害者自立支援法の仕組みにある、と、桃山学院大学・松端克文助教授(社会福祉学)は指摘します。
「障害者自立支援法の施行後は、むしろ地域格差は開いています。 国はヘルパー支給の基準を示さず、それぞれの自治体で判断して下さいという姿勢のため、判断の仕方は自治体ごとで多様になるし、財政事情に影響を受ける。 これでは、地域格差が開いて当然です」
名護市のヘルパー支給が一日10時間のため、 残りの14時間分(※)を穴埋めするために雇うヘルパー費用が10万円以上、 それに障害者自立支援法による自己負担分として1万5千円。 大城さんは毎月のように借金を重ねて払い続けた結果、学費を払うことができなくなり、大学は除籍となりました。
(※大城さんは一日14時間のヘルパーを自費で雇う経済的余裕はないため、昼間は約2時間おきの体制にしていた。 つまり、起床の手伝いをしたあと、ヘルパーは退出、次は昼食の時まで1人きりアパートの部屋にいる。 その間は水も飲まず、トイレを我慢し、電話もかけられないない)
追い詰められた大城さんは、人権問題に取り組んでいる岡島実弁護士や、自立生活センター・イルカなどの助けを得て、 名護市の決定を審査するよう、沖縄県に対して正式に求める手続きをとりました。 ニュースジャパンが独自に行った調査では、大城さんと同様に障害者自立支援法に関する不服審査請求は、 全国32都道府県で起きており、合計で475件と判明。障害者と自治体の間に大きな認識の溝が存在していることが浮き彫りとなりました。
大城さんにとって、就寝中のヘルパーは生死を左右する重大な存在です。 筋ジストロフィー『ドゥシャンヌ型』は、特に心肺機能が弱く、横たわると呼吸が苦しくなるため、 就寝中は人工呼吸器が必要となるからです。 主治医の末原雅人医師(国立病院機構沖縄病院・統括診療部長)は、大城さんについて『終日の介護を要する』と診断、 さらに沖縄県に対して、次のような意見書を提出しました。
『更衣,摂食,排泄、移動、人工呼吸器の着脱など全てに介助を要する。 以上が終日の介助を必要とする理由である』
『(人工呼吸器)その装着や、機会に不都合が生じたとき、停電時の対応など、 介護者が身近にいなければ、そのまま呼吸不全死に至るか、あるいは(中略)心臓が 低酸素に耐えられず、急性心不全死、不整脈死に至る可能性がある』
しかし、名護市は大城さんの就寝中のヘルパー支給時間を30分間と決定していました。 その根拠となっているのは、一度だけ実施した夜間調査です。 夕方から翌朝まで、名護市の福祉担当職員が部屋にいて、ヘルパーの様子を観察したというものですが、 担当職員に障害者を介護した経験はないことから、どこまで実情を把握できたのか、疑問が残ります。
大城さんの就寝中はどのような状況なのか、消灯から起床までアパートの部屋で様子を観察させてもらいました。
午前0時 5分前 〜人工吸気のマスクを装着
午前0時 6分 〜消灯
午前0時39分 〜最初のトイレ(ベッド上で尿瓶を使用)
午前0時44分 〜左向きに体位交換(寝返り)
背中をさすり、叩く(痰のため)
午前0時48分 〜人工呼吸器のマスク
大城さんは、翌朝8時に目覚めるまでの間、体位交換(寝返り)が10回、トイレが3回、 人工呼吸器の調整が7回、このほか、水分補給や痰詰まりの助けなど、就寝中もヘルパーを 必要とする場面が何度もありました。
名護市の支給決定に対して、審査請求を起こしてから3ヶ月後、 沖縄県は、『就寝中の介護時間30分は不十分である』とする採決を出して、名護市に改善を求めました。 これによって、失いかけた希望を取り戻しかけた、大城さん。
しかし、驚くべき結果が待ち受けていました。 裁決を受けて、名護市が改善したのは、就寝中の介護時間を一日30分追加したのみだったのです。
「行政の人は障害者の立場に立っていないから、どんなに苦しいとか訴えても、サポートしてもらえない」  
大城さんは、岡島実弁護士や仲間の応援を受けて、今月にも沖縄県に対して名護市の決定を見直すよう、 再び審査請求する決意を固めました。滝川キャスターの問いに、彼が語る将来の夢とは・・・。
「訴えが通じれば、すぐにでも大学に戻りたいですか?」
「戻りたいです。法律の勉強を生きているうちにやりたい」    
筋ジストロフィー『ドゥシャンヌ型』は、20歳を過ぎると、肺炎や呼吸不全、心不全などで 患者の多くが亡くなりますが、近年は人工呼吸器の使用などによって延命も可能になっています。
2006年3月28日
障害者の自立を考える(12)
〜ある知的障害者の挫折〜
この春、7年間の自立生活にピリオドを打った一人の男性。
知的障害を抱える彼の生活を変えたのは、自立を支援するはずの法律でした。 障害者自立支援法のスタートによって翻弄された、障害者の未来とは。
7年前から自立生活を送っている増田和明さん(30)。
世話人のサポートを受けながら、数人の知的障害者と共に 自立生活を送るグループホームで暮らしています。
増田さんの場合、知的障害というハンディはありますが、 意志の疎通や感情のコントロールは可能です。特別養護老人ホーム で清掃の仕事に就いて8年。懸命に働く姿は、周囲の信頼を 得ています。
仕事を持ち、自立した生活を送るという夢を、一つ一つ 実現してきた増田さん。そんな彼の元に、4月から施行される 「障害者自立支援法」に関する知らせが届いたのです。 増田さんが毎月支払うグループホームの利用料は約6万5千円。
これに、障害者自立支援法によって、新たな自己負担が加わる ことが分かりました。そうなれば生活を維持できないと考えた両親は、 グループホーム生活を断念。父親から話を聞かされ、増田さんは ショックで言葉を失ったといいます。親元を離れ、自立生活を送った この部屋は、彼にとってかけがえのないものでした。
「本当はずっとここで暮らしたかったですね。だけど……」
グループホームを出て、いったん実家へ戻ることを決心した 増田さん。引っ越し当日の朝、迎えに来た両親と共に荷物を 運び出します。自立を目指し移り住んだこの部屋。 「寂しい…。まだまだ住みたいなと思って」増田さんはそう呟き、 7年間暮らしたグループホームに別れを告げました。
4月から始まる、費用の原則一割負担。しかし、複雑な仕組みと短すぎる準備期間が原因で、 障害者の大半はこの制度を理解していないのが実情です。3月21日、障害者団体が主催した 勉強会では、厚生労働省の官僚が制度の内容について説明を行いましたが、障害者の間から あがったのは不満の声でした。「厚労省の人は計算上、ペーパーしか見てもらっていない。 憤りを感じます」このまま負担を求めれば障害者の生活に混乱が起きる、と予測した東京都などの 7つの自治体は、独自に負担軽減策を実施。しかし、増田さんが暮らす北海道を含む残り40は、 当面対策を行わない方針です。
実家へ戻った増田さんは、いつものように電車を乗り継ぎ 職場へと向かいます。見慣れた景色が通り過ぎても、彼の 表情には以前のような笑顔はありません。悔しさはありますか、 という問いかけに、増田さんはこう答えました。
「悔いはありますね。そんなこと悔いがないと言ったら、  地獄の笑いものになってしまうし。だから悔いはあります」
自立を支援すべき法律によって、失われた生活。自らの 意思とは関係なく、障害を抱え生きるというだけで、諦めざるを 得なかったことへの悔しさ。それでも増田さんは、挫折した自立への想いを胸に抱き続けています。
【グループホーム】
数人の知的障害者が一般のマンションなどで共同生活をする方式。 運営する事業所が世話人と呼ばれる介助者を派遣し、 生活全般の相談を受けるなどして自立生活をサポートする。 利用者は、事業所に毎月一定額の利用料を支払う。 障害者自立支援法では、利用料とは別に、補助金で全額カバー されていた運営費についても、原則一割負担しなければならない。 大半の知的障害者は、年金や作業工賃など合わせても 十万円以下の人が多く、新たな自己負担が数千円でも、 収入を占める割合は大きい。そのため、全国では増田さんと 同様に、グループホームの退所が相次いでいる。
2005年11月2日
障害者の自立を考える(11)
〜残された不安〜
10月31日、『障害者自立支援法』が衆議院本会議で 可決・成立しました。福祉サービスの利用について障害者が 原則一割負担するなど、これまでの福祉制度を根本から変える 法律です。負担増によってサービスの利用が抑制され、 障害者の自立生活が減退するのではないか、と危惧されています。
『障害者自立支援法』をめぐっては、見直しを求めて1万人を超す 障害者が全国から集結。国会議事堂を車イスが包囲するなど、 大きな反対運動が起きました。また、厚生労働省が法案に有利な データを捏造していた事実が国会審議で判明、公聴会や 参考人質疑では問題点の指摘が相次ぎました。そして郵政解散も 重なり、いったん廃案に。しかし、同じ法案が特別国会で再提出され、 衆院選での圧倒的勝利を背景に自民、公明の賛成多数で成立 したのです。
強い反対を押し切ってまで、なぜ障害者に負担を求める法律を 成立させたのか?取材班は内閣改造の翌日、厚生労働大臣の 任を降りた尾辻秀久氏を訪ね、疑問をぶつけました。
滝川キャスター
「(障害者自立支援法に)一割負担の導入は、財務省の 意向ですか?」
尾辻前厚労大臣
「財務省の意向があったか無かったか、と聞かれれば、財務省の 意向の中にそういうものがあったのは事実ですが・・・」
国会でも野党が同様の指摘をしていましたが、政府は明確な 答弁を避けていました。ただし、この後のインタビューで 尾辻前大臣はこう付け加えました。
“財務省の意向だけで決めたわけではなく、全部の皆さんに 使っていただきたいので一割負担を入れた。また、 将来的に 介護保険への統合も視野にある”。
政府は負担軽減措置として、最高でも上限額を4万200円(月額)にするなどの配慮をしたと 説明しましたが、障害者の不安は払拭されませんでした。 就労が難しい障害者の大半は、収入を年金などに限られているのが現実だからです。
滝川キャスター
「現状で障害者に一割負担を求めるのは、心苦しいと思っているのでは?」
尾辻前厚労大臣
「最後まで非常に多くの反対の皆さんがいたし、怒号も飛んでいましたから。 最後まで理解されなかった。もう少し我々の努力が足りなかったのかなと・・・」
脳性マヒで四肢の自由がほとんど利かない宮内朝子さん(39)。 これまで30年以上も病院などの施設で生活してきましたが、 最近になって24時間体制の介助を受けることが可能になり、 アパートでの一人暮らし=自立生活を始めました。
「施設で暮らすのは、ある意味、隔離されている状態なんです。
嫌で嫌で、自分も人間らしい暮らしをしたいな、と思っていました」
障害者自立支援法ではサービスの支給決定に『障害程度区分』を 導入します。これは介護保険と同様のコンピューター判定などを 重視するシステムで、障害者本人の自己選択、自己決定を重視する 現在の方法と大きく変わります。
宮内さんが24時間の介助が認められない場合、万が一の時は、 命の危機に直結することも予想されます。また、収入を年金に 頼る現在、自己負担分を払い続けるメドはたっていません。 それでも宮内さんは、地域で一人暮らしを続ける覚悟だと いいます。なぜなら、自立生活は人間としての尊厳を意味する からです
『障害者自立支援法』の施行は、2006年4月から予定されています。
2005年10月20日
障害者の自立を考える(10)
〜夢と現実〜
自立支援法案をめぐる取材の中で、出会った一人の青年。
重度の障害を抱えながら、地域で暮らす夢を叶えた彼の未来に、 いま立ちはだかる現実とは。
脊髄性筋萎縮症・通称SMAを抱える田代伸之さん(23)。
神経細胞が変性し、筋力低下や萎縮が起こる進行性の難病のため、 24時間体制の介助を受けながら自立生活を送っています。
5月25日放送『ある青年の未来』での取材時、大学時代に 学んだコンピューター技術を活かせる仕事を探していた田代さん。 その後、障害者の自立をサポートするNPOに就職し、 現在はHPの制作を任されています。両親に介護の負担を かけたくないという思いで、高校から大学までの7年間を病院の 施設で過ごした彼は、今の生活をこう語りました。
「病院にいてやりたくても出来なかったことを我慢するより、 今のほうが生きた時間が流れている、充実した毎日を 送れているって思います。」
社会と係わりを持つことの意義を日々感じながら、地域で 生活する田代さん。しかし、彼の生活を支える長時間の 介助サービスを、この先受けられない可能性が出てきたのです。
自立支援法案では、身体機能などから機械的に介護の必要度を5段階程度に区分し、 次の2次判定で本人から希望を伝える仕組みになっています。しかし、個人の希望が どの程度反映されるのかは分かっておらず、区分ごとに基準サービス量が設定されるため、 障害者のライフスタイルに制約が出る恐れもあります。また、現段階では、法案の実質的な 運用を定める「政省令」は決定していないため、負担金額がどれほど増えるのか、 など障害者の生活に係わる重要な数字は公表されていませんでした。
しかし、明確にされていなかった負担増加率について、 政府が密かに試算したデータが存在したのです。
「入所施設」の増加率が1.6倍であるのに対し、地域生活者の介助サービスなどを示す 「居宅」は5.6倍、福祉作業所などの利用料を示す「通所施設」の増加率は12倍にもなります。 国の予算不足によって登場した今回の法案。そのしわ寄せは、地域で生活する障害者に 集中していたのです。
法案では、年収300万円(月収約25万円)以上の場合、月の負担上限額は4万200円に 設定されています。しかし、これまでの国会答弁などから、最も重い障害程度区分の認定を 受けたとしても、一日24時間の介助が保証されるとは限らないと推測されています。 一説には、月間200時間程度が上限になるという情報も、障害者団体の中では流れているのです。
現在、田代さんが利用している介助サービスは、月に約700時間。 障害程度区分によって介助時間が200時間と認定されると、 不足する約500時間の介助費用を自己負担しなければなりません。 (試算によると500時間分は約75万円)法案が施行されることで 起こりうる現実に、田代さんは不安を感じています。
「この生活が続けられるかどうか心配です。
怖いですよね、やっと掴んだ自由を奪われるっていうのは・・・。」
地域で生活することを諦め、病院施設での生活へ戻るか。
仕事を辞め、生活保護世帯として負担免除を受けるか。
「自分らしく生きたい」と望み、踏み出した彼の未来が今、 障害者の自立を支えるべき法案によって大きく変えられようとしています。
2005年10月20日
障害者の自立を考える(9)
〜不条理〜
当事者である障害を抱えた人々からの強い反対を受け、 一度は廃案となった「障害者自立支援法案」。しかし、問題となった費用の 原則一割負担などの内容は変更されないまま、特別国会で再び提出されました。
10月7日、大阪市内で開かれた参議院の公聴会。
「障害者の生活を身近なところできちんと見ている人に、 とっては、賛成できる中身ではない」と、法案の見直しを、 訴えた大阪育成会・吹田支部事務局長・播本裕子さん。 播本さんが所属する「育成会」は、知的障害者の保護者らに、 よって組織される団体です。賛助会員を含め会員数、 およそ30万人を要し、数ある障害関係団体の中で、 最も大きな影響力を持つと言われています。
障害者にとって負担を増大させるこの法案に対し、 早くから賛成の立場を表明していた育成会。 なぜ、法案の成立を望むのか。その理由として、 自身も知的障害児の親である松友了常務理事は 「持続と発展の苦肉の策」であると立言。 「実態として制度を持続させ、とんでもない負担に 持っていかないために、この程度のレベルのところで 踏みとどめなければいけない」と語りました。
こうした組織の論理に対し、先に行われた公聴会で 「吹田支部では会長以下全員と言っていいほど反対です」と、 法案を強く批判した播本さん。そこには、 知的障害を抱えた息子を見守る、母としての思いがありました。
彼女の息子・播本武明さん(23)は、最重度の知的障害と 自閉症障害を抱え、4年前から大阪市内の施設で暮らしています。 字の認識が困難なため、播本さんの手で描かれた絵を目印に、 自分の持ち物を判別します。
施設では、木材パネルを解体し薪を作る作業を行っており、 武明さんの仕事は仕上げの釘抜き。 この作業で支払われる工賃およそ1.000円と、約8万円の 障害基礎年金が武明さんの一ヶ月の収入となります。 施設利用などにかかる現在の負担金は約5万円。法案施行後は、 食費などが加算されるため、一ヶ月の収入額とほぼ同じの 約8万円の自己負担となります。
法案では、一定所得以下の入所者を対象に、減免配置を行うと しています。しかし、世帯全員の課税状況が対象となっているため、 父親の扶養に入っている武明さんには適用されません。 仮に世帯分離を行い、減免が適用となった彼の手元に残る金額は、 一ヶ月2万5千円。さらに、この制度を受けるためには、 現在受けている特別障害者控除の消失や、国民健康保険の加入 など、新たな負担が生まれることになります。そのため、減免配置が適用されても、武明さんに とって実質的な負担の軽減にはならないのです。
障害者を取り巻く実情。家族が抱える不安。 たとえ個人の生活に影響が出たとしても、長期的な財政基盤を 重視するという組織の判断に対し、「持続可能な制度の前に、 会員の方が倒れてしまいます」と播本さんは訴えます。
10月12日に行われた参院・厚生労働委員会。
「人間の価値を考えてほしい。根っこから(法案を) 変えてほしいと思います」介助者を使って地域で生活する 小田島栄一さんは、知的障害を抱えながら生きる当事者として、 法案への思いを強く訴えました。
この日出席した参考人のうち、5人中4人が法案の見直しと 慎重審議を求めましたが、翌日に自民・公明与党の賛成多数で 可決され、法案は衆院へと送られました。
当事者の思いが反映されないまま、決められていく障害者の未来。 重度のハンディを抱える人々に対し、より大きな負担を求める 日本の福祉制度。命がけで反対を訴える彼らの声は、 未来の私たちの叫びなのかもしれません。
2005年9月16日
障害者の自立を考える(8)
〜車イスで闘った衆院選〜
郵政問題ばかりに焦点が当てられた2005年・衆院選挙。 そんな中、身体的ハンディに屈することなく戦った2人の男性がいます
愛知3区から無所属で立候補した藤本栄さん(45)。
30代で事業を成功させ、公私共に充実した日々を送っていた 藤本さんが、 ALS(筋萎縮性側策硬化症)を発症したのは8年前。 徐々に神経細胞が死滅し、 全身の筋力が低下する進行性の 難病で、現在のところ明確な治療法は見つかっていません。
またALSの場合、感覚や精神機能は正常であるため、急速に衰えて いく肉体への葛藤も大きく、精神的な苦痛を伴うのです。 わずか3年間のうちに完全な寝たきりとなった藤本さんは現在、 人工呼吸器を装着し生活しています。声を出すことができないため、 目とわずかに動く口元を使って、プレートに書かれた文字を視線で 差し示す方法や、口元の動きを光センサーが読み取る機械で パソコンを操作し、意思を伝えます。
候補者としては過去に例がないほど重度な障害を抱える 藤本さんが、今回戦うことを決意したきっかけ、それが 「障害者自立支援法案」でした。藤本さんがALSを発症した当初、 居宅介護などの福祉制度は整っておらず、家族が24時間体制で 介護しなければならない状況でした。そんな「介護地獄」から 藤本さん一家を救ったのが、現在の障害者支援費制度。
「この制度を使えば、苦しむ人々を救える」
そうした思いから、自宅で介護派遣の事業所を始めたのです。 しかし、自立支援法案の施行により一割負担となれば、 長時間の介護が必要な障害者であるほど、家族への負担は大きくなる。 それでは、支援費制度以前の状況に戻ってしまう。こうした危機感を抱き、 「やはり実情をよく知る当事者でなければ、良い福祉政策は実現できない」 と感じた藤本さん。
有権者に訴えたい思いとは――
藤本さんの視線が文字を追い、それを妻の友香さんが声にします。 「福祉の現場を知って欲しい」そう訴えかける言葉に、 足を止める人々の数も増えていきました。
福岡2区の民主党候補・平田正源さん(37)は、 19歳のとき交通事故に遭い下半身の自由を失いました。 その後、単身アメリカに渡り、ボストン大学に入学。 渡米9年目にして弁護士資格を取得しました。 日本に帰国してからは、外資系投資顧問会社で 法務部長を務めるなど、第一線で活躍してきた平田さん。 対立候補は小泉総理の盟友・山崎拓氏。前回4月に行われた 補欠選挙では、およそ1万8千票差で敗れ、 これが2度目の挑戦となります。「かけ離れてしまった 国民と政治家の距離を縮め、同じ目線でいたい」と考える平田さんは、 選挙カーには乗らず、猛暑の続くなか自身の手で車いすを漕ぎ、 人々の声に耳を傾けます。
--- 2005.9.11 衆議院選挙 投票日 ---
当事者の思いが反映されないまま、決められていく障害者の未来。 重度のハンディを抱える人々に対し、より大きな負担を求める 日本の福祉制度。命がけで反対を訴える彼らの声は、 未来の私たちの叫びなのかもしれません。
自らの身体を張って戦い、それぞれの思いで迎えた投票日。 平田さんはおよそ9万6千票を獲得しましたが、 山崎拓氏には約4万票差をつけられ落選。 自立支援法案について、「国会で当事者として代弁できる人間が いなくなってしまったことは本当に残念」と悔しさを滲ませながらも、 平田さんは次の選挙に向け動き始めました。
重度の障害を抱えながら、無謀とも言える戦いに挑んだ藤本さん。 結果は、当選した近藤昭一氏の約11万票から大きく離され、 8千5百票での落選でした。
戦いには敗れた――
けれど力の限り訴えたことで、確かな手応えを感じることができた。
藤本さんの視線が、ゆっくりと文字盤を追います。
「8千5百人の方に、思いが通じたかと思ったら、とても嬉しかった。
 機会があれば、もう一度立候補して、今度は勝ちにいきます」
2005年8月7日
障害者の自立を考える(7)
〜傷だらけの闘いの果てに〜
障害者の人々による抗議運動が高まるなか、郵政解散に伴い廃案となった『障害者自立支援法案』。 この法案によって廃止される制度に『育成医療』があります。手術などによって改善が期待できる 障害児(18歳未満)の医療費を助成するものであり、現在は所得によって負担額が決められます。
生まれながら心臓に重い障害を抱え、これまでに4度の大きな手術を受けている少女(6)。 1回の費用およそ200万円から300万円かかる手術を、この制度によって数万円の負担で受ける ことができました。しかし制度が廃止されると、3年間の経過措置後、費用は原則一割負担となり、 所得によっては負担増額が現在の24倍にもなります。
この先、手術を受ける必要があっても、高額な治療費を助成する制度がないために、 十分な治療を受けられなかったら・・・。制度の廃止によって起こりうる現実。そんな不安をいま、 障害児を持つ多くの親が抱えています。
当初、5月中の法案採決を目指していた政府与党に対し、 多くの障害者が自らの未来を守ろうと立ち上がりました。 関西の障害者団体に所属する佐藤聡さん(38)は、何度も 上京し抗議を続けた結果、2度にわたって倒れ、現在は 病院での生活を送っています。
「医師から死んじゃう可能性が48%と言われました。 でも法案が通ると、重度の障害者は地域で生活できなく なります。だから、絶対通すわけにはいかないんです。」
雨が降りしきるなか夜通し座り込みを続けるなど、命がけで反対を訴えた障害者の人々。 それにより8月まで審議が延長され廃案となったにもかかわらず、政府はこの法案を 修正しないまま、次の国会で再度提出すると発表しました。
小さな身体に障害を抱え生まれてきた、未来ある命。
地域で生活し、自立した生き方を望む障害者の人々。
彼らにとってこの法案は、生きる上での新たな障害となり得るのです。
2005年6月21日
障害者の自立を考える(6)
〜負担法案?の描く未来〜
進行性筋ジストロフィーという難病を抱えた、岡本雅樹さん(28)は、 障害者の自立生活をサポートする仕事をしている。 現在、通勤や就労中に公的な介助サービスを受けることは制度上できなく、 生活実態に合わないとの指摘がされていた。 この点は『障害者自立支援法案』でも改善されていない。
岡本さんの場合、このまま法案が成立すると、 仕事を続けたくても介助費用を払えず、仕事を辞めて生活保護に頼るしか 生きる術がない、とみられている。全国各地の障害者に広がる、 法案への不安と疑問。法案審議がストップするなか、 滝川キャスターが再び障害者福祉の現場を取材した。
2005年5月26日
障害者の自立を考える(5)
〜地域格差は解消されるか〜
脳性マヒによる障害を抱え一人暮らしをする伊藤仁乃さん(46)。
上半身の自由が利かなく、歩くことができないが、現在受けているサービスは、 一日平均にして3時間ほど。そのため、一人きりでいる時間は、 お尻を引きずっての移動や、 足の指を使った機械の操作などで身体を酷使、 障害をより進行させてしまっている状態だ。
伊藤さんと同程度の障害の場合、都市部では10時間程度の介助が認められるという。
自立支援法案では、こうした地域格差を解消するために「要介護認定」 という全国統一の基準を 導入する、とされている。
しかし、『当事者の意見が反映されない』 『サービス基準が低いレベルに抑えられるのではないか』など、 障害者からは懸念の声が出ている。
2005年5月25日
障害者の自立を考える(4)
〜ある青年の夢〜
この春、7年間の施設生活から一人暮らしを始めた田代伸之さん(22)。 脊髄性筋萎縮症という難病を抱え、24時間体制の介助を受けながら、 通信制の大学で 身につけたコンピューターの技術を活かせる仕事を探している。 しかし法案が成立すると、介助費用の一割負担や移動サービスの削減などにより、 重度の 障害者が仕事に就くことは、かえって困難となる可能性が強い。
障害者が自立生活を送る、その意味とは何か?
この問いに「人として自立していくのは当たり前のこと」と話す田代さん。
地域で生活して仕事に就く、という彼の夢は実現されるだろうか?
2005年5月5日
障害者の自立を考える(3)
〜イギリス式に学ぶ理念〜
脳性マヒの障害を抱える牧井正行さん(42)は、 障害者年金や手当てなど、月10万円ほどの 収入で生活している。 日本の障害者は就労の機会が少なく、所得水準は低いのが現状である。
自身も頚髄損傷という障害を抱える県立広島大学の横須賀俊司 助教授は、 「自立支援法案」が、介護保険と同じコンピューターによる判定システムを 導入することに疑問を投げかける。「障害者本人の事情を聞くのではなく、 書類上で機械的に判断する。それで必要なサービス量が 保証されるのは難しいのではないか」
サービスの決定を客観的に行うとする自立支援法案に対し、 イギリスでは、ダイレクト・ペイメント制度を導入。 自己選択、自己決定に基づき、障害者自身がライフスタイルに合ったサービスの決定、 管理を行っている。
2005年5月4日
障害者の自立を考える(2)
〜中途障害者の憂鬱〜
突然の事故や病気によって障害を背負いながら生きる人々がいる。 糖尿病網膜症により失明し、盲導犬と暮らす金孝男さん(61)。 収入は障害者年金だけだが、やはり一割が自己負担となる。
事故で頚椎を損傷、下半身の自由を失った延澤康之さん(43)は、 生計を共にする 母親の年金収入も加えて計算されるため、 月収のおよそ半分にあたる4万200円を負担しなければならない。
自立支援法案は、コンピューターによって身体能力を6段階に判別し、 介助の必要度を決定する。 介護保険で使われている『要介護認定』のシステムと同じ方式だ。しかし、 身体能力と各障害者の生活様式は一致しない場合が多く、 現実的ではないとの 指摘がでている。
2005年5月3日
障害者の自立を考える(1)
〜自立生活の危機〜
脊髄性筋萎縮症という難病を抱える海老原宏美さん(28)は、 人工呼吸器を装着して眠るため、夜間でも介助が必要である。
法案の施行後は、毎月4万200円が自己負担となる見込みだが、 限られた収入の中から用意できるあては今も見つからない。 わずかな介助の削減も命にかかわる海老原さんにとって、 この制度の変更は、まさに死活問題である。 「障害を持っていながら、できる役割が絶対にある」そう語る海老原さんは、 障害者が地域の中で自立生活を送ることの意義を問いかける。