フジテレビ・スポーツコラム 武田 薫

2006.2.14

『日本のベテランと勝負勘の希薄』

全豪の記者会見でシャラポワが日本での人気の理由を聞かれていた。「ブロンドが好きなんでしょう」と小ばかにしたように答えたのはテレビ局の唐突な質問にムッとしたからで、日本好きは別に語られていた。そのシャラポワと東レパンパシフィックで復帰したヒンギスとの初対決が実現した。立ち見券も売り出す人気である。だが…1500円もするプログラムは表紙だけで3箇所も間違いがあった。JAN(1月)がJUN(6月)である。次のページを開くとPLAYERがPRAYERだから、「選手」ではなく「祈祷師紹介」。しかも、この大会を報じた写真誌の見出しは『新旧女王〈丸見え〉対決』――何だか、すごく恥ずかしい。日本の崇高な歴史を力説している女性ジャーナリストのご意見を伺いたいものである。
そんなことどこ吹く風で、日本のスポーツは忙しい。
トリノ・オリンピックが始まっていきなり驚かされた。長野で国民的ヒーローになったベテラン・ジャンパーのハッピー原田が、体重過少で失格宣告されたという。スポーツの舞台には不可抗力がある。しかし、今回の失態はただの油断、あるいは馴れからくる緊張感の欠如とする他ない。まさか自分にチェックが入ると思わなかったのか、ともかく、意識の裏を突かれた感じだろう。原田の代表抜擢はベテランらしい牽引力を買われたものだろうから、残念だった。失敗をこれ以上ほじくりたくないが、こうした想定外の裏には何か別の要素が潜んでいるのではないか。
2月5日の東京国際マラソンを、私はこんなふうに見た。
このレースで主役に祭り上げられたのはベテランの高岡寿成だった。35歳ながら2時間6分16秒の日本最高記録保持者。日本滞在のダニエル・ジェンガが欠場したことで、ケニアのサミー・コリルとの一騎打ちになるとの予想通りレースは運んだ。先頭集団が4人に絞られ、いよいよ勝負どころの35キロ過ぎ。カネボウの同僚・入船が前を伺おうとしたのを見た高岡が、左に大きく踏み出して逆スパートをかけた。「精神的に余裕があったので、揺さぶってみた」というのがレース後の話だ。東京コースの鬼門といわれる坂の手前で、一気に出るのではなく、一気に出るかどうかの見極めをやったということだ。その高岡の背後にすっと、エチオピアのトロッサがついた。そして、トロッサは5百メートルほど走ると、今度は一気に逆スパートをかけて高岡をちぎった。
高岡はトラック長距離で辛抱強くスピードを磨いてきたランナーで、マラソンの本数は年齢の割りに多くない。そんな経験不足を言う人もいるが、今回のレースにこの選手の性格の良さ、悪く言えば甘さを感じた。相手を牽制するなら、あれほどあからさまに左に飛び出すことはない。気持ちを高まらせて大きく仕掛けたぶん、相手の仕掛けに反応できなかった。敢えてそうしたのは、彼が言う通り、精神的に余裕があったからだろう。ベテランの余裕が一瞬にして自分を封じ込んでしまった――ここでもまた、意識の裏を突かれたのではなかったろうか。日本選手は、勝負勘を失くしてはいないか。
高岡は日本選手のトップとしてきちんとゴールした。几帳面な男だと改めて感心した一方、入船が2時間10分7秒で入った後の日本選手は2時間14分以下だった。ついこの前まで、日本のマラソン界はトップ選手こそいないが、2時間10分から12分台の選手がうようよいる層の厚さを誇っていた。いま、10分〜12分台がいなくなっていることを指摘する人がいない。
東京国際マラソンは、来年から大衆都市マラソンに衣替えして再スタートを切る。しかし、そのレースディレクターはいまだ決まっていない。洋服だけ決めてどこに行くかを決めていない――これが、忙しい日本のスポーツ界の〈丸見え〉の現実である。スポーツだけだろうか?



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