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今年も個性豊かな全日本女子チームを率いるのはこの御方、柳本昌一監督です。アテネオリンピックで日本を2大会ぶりにオリンピックに導いた名将。次は北京で悲願のメダル獲得を至上命題に掲げています。ご存知の通り、監督は戦略家でありアイデアマン、大会ごとに独創的な勝利へのシナリオが描かれていきます。(昨年は「変化とスピード」のバレーで新たな境地を開きました)。
そんな監督の今年のテーマは「-2(アンダー ツー)」。昨年フルセットやデュースとあと一歩で涙を飲む試合が多かったことを教訓に、選手には見に見えないものも含め、それぞれミスを2つずつ減らすこと、プレーの精度を高め23点以降の得点を確実に取れるようにすることを目標としています。また今までアテネも含め大きい国際大会では全て5位という成績を収めていた柳本ジャパンにとって、今年は「-2」で表彰台を狙う・・・という意味も含まれています。アテネから2年、そして北京まで2年、「ワールドグランプリ」は世界の中で日本は今どの位置にいるのか、これから何を足していく必要があるのかを見極める絶好のチャンス、「柳本ジャパンの中間テスト」ともいえる大会なのです。監督も強豪ぞろいの対戦国に「これはオリンピックの前哨戦、ここで当たるチームは確実にメダルに絡んでくるからな」と気合い十分、必ずや面白い戦いを見せてくれるはずです。

アテネオリンピック決勝戦、中国対ロシアの試合を大山選手は固唾を飲んで見つめていました。試合後、しばし呆然、立ち上がることができず感動で涙ぐんでいた彼女、世界の頂点を決める真の戦いを目の当たりにし、バレー観が変わりました。
彼女もまたアテネでの激闘で痛めたケガで2005年はリハビリの毎日、試練を乗り越えて再び全日本のユニフォームに袖を通した復活組です。昨年11月の国際大会では持ち前のパワーに加え、ブロックアウトを狙ったり、相手を見て軟攻を決めたりと確実にプレーに成長を見せ、全日本では「若手を引っ張らないと」とお姉さんの自覚も芽生えてきました。「北京はイメージできてないけど、一日一日を頑張って今やれることをやっていきたい。」とまだ自信はなく謙虚なコメント。しかし彼女のパワーなくして世界を倒すことは出来ません。課題となるレシーブとバックアタックをいかに克服していくか、大山選手の元気な姿こそが全日本を救います。

キャプテン2年目を迎えた日本の司令塔、柳本ジャパンが誇るコンビバレーは今年も彼女の華麗なトス回しから始まります。しかし、そんな彼女の今年のテーマは「忍耐」だと・・・「色々なことに耐えないといけない」と話します。
そう、全日本にとっては将来へ向けて次世代のセッター育成ももう一つの大きな課題。チームをまとめると言う大仕事に加え、自らアスリートとしてチーム内での競争にさらされる、彼女はそう自覚しているのです。でも、だからこそ彼女はさらに努力を積み重ねます。決してマネのできない練習量をこなしていくはずです。
「勝ちにつながればいいし日本の未来になるのであれば・・・」そう気丈に語る竹下選手。しかし、決して自らコートを譲るはずはありません。「追い抜けるものなら抜いてみろ」無言の背中がそう語っています。159センチの小さな背中、前キャプテンの吉原知子が見せてきた背中に少し似てきた気がします。

今日もコートには誰よりも彼女の声が響きます。竹下選手の控えセッター、そのポジションは現状変わることはありません。でも「全日本にいられることは本当に幸せなことなんです。」と言いながら常に周りに気を使い、そして常に一番大きな声を出し、死に物狂いでボールを追いかけます。スタメン組に遠慮しながらも自主練習に参加、夜の練習では19歳の選手のフォームチェックに黙々とボールを出して手伝うこともありました。アスリートの世界だから、勝負の世界だから、決してきれい事ではすまないでしょうが、私たちは彼女の存在こそが全日本の本当の底力になると確信しています。板橋恵33歳、全日本最高のお手本です。

去年のワールドグランプリで得点王に輝き、表彰式で涙した高橋選手。彼女はその夏、単身でイタリアに渡りました。世界最高峰のリーグセリエAに挑戦するためです。きっかけはアテネ、オリンピックで味わった自身の精神的な弱さが余程悔しかったに違いありません。
そしてイタリアへ渡る飛行機で彼女は言いました。「イタリアで得るものがあったら、全日本で取れなかったあの1点が取れるかもしれない・・・」バレーはチームスポーツだけどここ一番、絶対に欲しい1点は個人の力で取るものと断言する彼女。この大テーマに答えを出すために自らを追い込み、そして確実に何かをつかんで帰ってきました。実際にしびれるようなシーンで絶対に欲しい1点をもぎ取ってきた話もしてくれました。
1年ぶりの日本凱旋、チームに何を伝えたいですかという問いには「他の選手に言葉で伝えるものではない。自分のプレーを見て何かを感じてくれれば・・・」そのふてぶてしい?言動は相変わらずですが、その目は確実に自信に満ち溢れています。

「かおる姫」、去年のワールドグランプリでこの名は日本中に知れ渡りました。小柄ながらその跳躍力とスピードある攻撃は大きな外国勢を圧倒、一躍バレー界のヒロインになった選手です。しかしその性格はもうご存知の通り、サバサバと男っぽく?そしてスカートをほとんど持たない色白な筋肉質のアスリートです。
2年目の全日本、彼女は知っています。今年は12人に残ることが決してたやすいことではないということを・・・サイドアタッカーとして生き残るには大きな選手と競い合わなければいけません。大きな選手にはできないこと(それはレシーブだと言います)でアピールしていかなくてはいけません。右肩を痛め出遅れた合宿中、「全日本には意地でも残りたいんです。」と強い意志を持って話したかおる姫、今はそのケガも治りプレーにキレが戻ってきました。遠征では再び海外相手に十分通用するスピードとテクニックを見せてくれました。“小さいからこそできることもある”、今年もニッポンバレーには欠かせない存在といえそうです。

チーム最長身の187センチ、ウィングスパイカーの登録ですが全日本ではセンターとしてプレー、日本の盾として今年もやってもらわなければいけません(何といってもブロックに期待)。監督いわく「潜在的な素質はナンバーワン」という彼女、しかし気持ちが優しく、ミスをするとすぐに萎縮してしまうようで、まだその実力は100%示されていないようです。スイス遠征、レギュラーどころか12人のメンバーから外され、ユニフォームも着れずにコートの外から見つめる日がありました。試合中に荒木田団長から「あんたが頑張らなきゃだめじゃない」と言葉をかけられ会場の片隅で涙を流したといいます。次の日、監督はスタメン起用、まだまだベストではありませんが、随所に悔しさを晴らすプレーを見せ期待に応えました。27歳、でもプレーはまだまだ未開発でまだまだ伸び盛り、全日本とはそういうところなのです。

全日本7年生、シドニーに出られなかったあの悔しさを知っているのはもう竹下選手、高橋選手と3人だけになってしまいました。全日本でも「この二人の負担を減らせるように自分もやっていきたい」と自覚をのぞかせます。その切れ味抜群のプレーとは裏腹に性格は温厚そのもの、似顔絵を描いたりすることが得意で、監督の誕生日、ケーキにチョコで書いた監督の顔は秀逸でした。 今年も日本の生命線となるスピードバレーの中心、竹下選手とのコンビにさらに磨きをかけ、そして攻撃の種類も増やしていこうと新コンビ技の習得にも貪欲に取り組んでいます。課題はブロック、Vリーグではブロック賞をとっていますが世界は簡単には止まりません。「まだザルなのでこれからしっかり編みこんでいきたい」宝来選手と二人で誓いあっています。

第13回からVリーグに昇格するV1リーグのトヨタ車体から全日本に初めて選ばれました。古川商1年時には菅山かおる(1年先輩)とツーセッターうを組んで春高優勝。しかし実業団の名門ではなく大学を経て「普通に働いてもみたかったので」と今の会社を選んだそうです。だから彼女は言います「全日本で頑張って会社の人たちに恩返しがしたい」と。
チームでは左利きを生かしたライトプレーヤー、でも全日本ではそのライトに加え、セッターとしての役割も求められています。スタンディングジャンプが高く、そのジャンプトスから繰り広げられる攻撃は日本の新しい形となるかもしれません。今も少しだけ、竹下選手と途中交代し木村沙織選手とツーセッターというシーンが試されています。
とはいうもののセッターは本職ではなくもっぱら勉強中、アタッカーとしても世界の高き壁に跳ね返されるなど「毎日が勉強」、172センチながら27センチという大きな足で(本人は足の大きさには触れないでといいますが・・・)地に足をしっかりとつけ修行中です。

2004年全日本に召集、しかしそのときは最終予選目前の合宿でメンバー落ち、涙で貝塚を去りました。そんな彼女も3年目の全日本、「今年は12人に残るとかいうのではなく試合に出ないとダメなんです」と悲壮感を漂わせながら燃えています。体重10キロ減、体脂肪率も16%に落とすなど体質改善にも成功、大友、杉山らのライバル陣に一歩劣っていたスピード面での成長を今年も最大の課題においています。監督は「サイドも打てるセンタープレイヤーとして貴重な存在」と期待。
いわずと知れたメグ・カナとの同級生、口には出しませんがメグ・カナに負けたくないという意地が彼女を押し上げていく原動力となっているはずです。

スーパー女子高生として2003年のワールドカップで全日本デビュー、そして最年少でアテネ五輪にも出場しました。卒業後は大山選手らと同じ東レに入社、順風満帆なバレー人生のはずでした。しかし18歳当時の激戦で痛めた腰のダメージは一時彼女からバレーボールを奪います。去年はリハビリに費やし、ワールドグランプリは辞退、「せっかくたくさんのことを経験したのにバレーが出来なくてイライラする」と当時、悩める心境を語っています。
あれから・・・苦しいリハビリ、治療を乗り越え腰痛を治したバレーの申し子は再び全日本に帰ってきました。しかも今度はセッターへの挑戦という大きなテーマを与えられて。
木村は今、毎朝自主練習でトスをあげています。時には監督に球出しをしてもらい、熱心に指導に耳を傾けています。「出来ないことがいやなので・・・」それが彼女に練習をさせる一番の理由。天才と周りは言いますが、彼女を支えているのは紛れもない努力の積み重ねなのです。憧れは中国のセッター、ヒョウコン選手。今付け始めたセッターノートは決して見せてくれませんが「私がヒョウコンみたいになれたらみせてあげます。」と約束してくれています。そして・・・身長もまだまだ伸び続けています(登録は182ですが実は184.5センチ)。

「柳本バレーの秘蔵っ子」としてVリーグの下部組織V1リーグのチームから2年連続全日本候補に選出。185センチの高さを生かしたブロック力に期待が集まります。本人も「多少は慣れました。ここにいられることに感謝しないといけませんね。」と控えめに抱負を語り、真面目に練習に取り組む日々。しかし今年は海外遠征のメンバーから外れるなど、早くも試練が彼女を襲っています。レギュラー組の充実、新戦力の台頭、厳しい環境の中で結果を残さなければ、日の丸をつけることは許されません。去年は雲の上の存在といって最初から全日本を辞退しようとしていた彼女、しかし今は「全日本は夢じゃなくなりました。」と語ります。2年目の今年、彼女は真価が問われる1年を戦っています。

最高到達点315センチはチーム最高、その跳躍力とバネから繰り出される鋭いスパイクは身体能力の高さをうかがわせます。まるで日本人離れした・・・
そう、小山選手は生まれも育ちも中国、遼寧省出身です。両親は中国人、「王嬌(ワンジョウ)」というのが彼女の中国名です。16歳のとき日本人の祖母が病気になり看病のため一家で来日、18歳で高校に誘われ運命的にバレーと出会いました。卒業後は久光に入社。しかし当時Vリーグでは外国人枠がなくマネージャーとして練習に参加、外国人枠が出来ても当然他から助っ人選手が入ってくるなど彼女の試合での出場機会はありませんでした。そこでついに帰化を決断、彼女は日本人「小山修加」に生まれ変わる道を選んだのです。
そして今年、運命の糸はバレーを始めて8年目の彼女を全日本という最高のステージに導きました。所属チームではキューバからの助っ人ケニアの控えに甘んじていながら柳本監督に大抜擢されての選出。だからこそ「日本で学んだバレーボールで日本の代表になれることは心から嬉しい」小山選手は毎日、目の色を変えて練習に取り組んでいます。楽しくてしょうがないと語ります。
12人のメンバー落ちした海外遠征でのある試合、小山選手はスタンドにいました。そしてTシャツ姿でIDパスを首からぶら下げた彼女は試合中ずっと地元の子供のファンとともに大きな声で「ニッポン」コールを送ったのです。奇声とも聞こえるような大きな声、しかしそれは決して計算でもない純粋な心からの声援でした。惜敗した試合後ロッカールームで涙した小山選手、監督も「彼女は全日本にいることの喜びを本当に感じている子、こちらが教えられた」語っています。普段は明るくチームのムードメーカー、中国からの逆輸入エースは日本の秘密兵器となりそうな予感大です。

成徳学園高3年の時(2001年)に全日本にも召集され将来の日本を背負うといわれていた逸材、しかし「初めての全日本では何もわからず何も出来ず、練習だけ参加して怪我をして終わった」と言います。その後も苦労の連続、入社した日立はわずか1年で廃部、バレーをやめようと思ったり、次に入社した久光でも右ひざを痛め手術するなど、まだ24歳ながら様々な試練が彼女を襲いました。
しかし、あきらめずにひたむきにバレーと向き合う彼女の姿をバレーの神様は見捨てることはありませんでした。現在は久光でキャプテン、今年の全日本選手権ではコートに立って初めての優勝を経験し「バレーをやめなくて良かった」と笑顔、そしてついに全日本にも帰ったきたのです。彼女のポジションはレフト、メグ・カナと同じ最激戦区のポジションです。けれど今までの経験があるからでしょうか、彼女の言動からは自分の持てる力をここで全部発揮できればそれでいいという余裕のようなものさえ感じさせられます。無心にボールを追い、無欲で色々なことを吸収している気がします。その成果もあってか海外ではスタメンレギュラー、持ち味のサーブレシーブはもちろんコース打ちやブロックアウトを取る技術など非凡な才能を示し(外国の高いブロックのほうが抜きやすいと彼女は言います)、監督も「落合のプレーは○や」とベタ褒めでした。
普段は買い物大好き、ブランドも大好き、料理は食材を買い込みソースから本格的に作るとかなりな女の子、トレードマークのポニーテールが華麗に宙に舞ったとき人気ブレイクの予感がします。

今年の全日本、新守護神に指名されているのが19歳(9月にハタチ)の井野選手です。木村沙織選手と同級生、栗原選手の後輩誠英高校出身(シャツネームSEIは母校の名前から)で、東洋紡廃部時に柳本監督が高校で練習を見ていた選手です。バレーエリートで木村選手と共に世界ジュニアにも出場、また先のVリーグでは1年目でいきなりサーブレシーブ賞を獲得。柳本監督は「ボール勘がいいんだ」と彼女を選んだ理由をこう説明してくれました。
しかし、今彼女はもがいています。海外遠征で初めてシニアの海外国のスパイク、ジャンプサーブを受け、世界の壁にぶち当たっています。貝塚で毎日コーチと特訓、腕に大きな痣を作っても、世界のプレーは彼女の想像をはるかに超え、満足いくプレーはまだ出来ていません。柳本ジャパンが今年の初勝利を上げたポーランド戦のあともレシーブが上がらなかった彼女は涙、タオルで顔を覆っていました。「自分が何をしているのか、何をしたらいいのかわかりません」これが6月の井野選手、でもここからどんな這い上がり方をしていくのか、8月のグランプリでその答えが出るのが楽しみです。
ちなみに普段は明るく物怖じしない性格、木村沙織選手とは本当に仲が良く、木村選手のボケに突っ込みをいれるナイスコンビです。

大友愛の抜けたセンター線、北京へ向けて一気に期待が高まりそうなのが高校を出たばかりの19歳、石川選手です。実際バレー関係者からも「同い年のときの大友を超える逸材」と高い評価、ユース、ジュニアに参加していないため世界相手に未知数の実力ですが、逆にそれが秘密兵器となるのかもしれません。まだまだ攻撃面ではコンビを合わせるのに四苦八苦ですが、「合いだしたら面白いよ。どんどん伸びてくる」と監督も絶賛。
本人も度胸満点で夜の自主練習でも進んで先輩たちの中に入り、竹下選手のトスを打たせてもらっています。
また海外で早くもスタメンデビュー、本人は「何をしたか覚えてません」と言いながら、そこでもしっかりと仕事をこなし、さらに評価アップと末恐ろしい19歳です。
いつもニコニコ笑顔で先輩ともしっかり会話、心も芯も強い全日本のニューフェイスは8月、もしかしたらもしかするかもしれません。

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